醜さを誇る鬼のように走れ 2015年08月
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これを絶対絶命と言う、の、その2

鍵を差し込みガシャガシャと金属音を派手に響かせ、錆びた玄関ドアを大げさに開けて、男は帰ってきた。
「弁当を買ってきたけれど食べる?」
そういうと、ネクタイを緩めて、畳にごろ寝しているアタシの顔を覗き込んだ。笑っている。男はアタシの顔を見て笑っている。一日中寝てばかりで昼も夜もあまり区別がつかない、それでいて特に若いというわけでもなく、顔が綺麗というわけでもなく、最終のどどめは会話の気が利いているというわけでもないアタシに、男は笑うのだ。なにか面白いのか、と不思議に思う。
「なにか面白いの?」
アタシが言うと、男は返事をした。
「A子がいると面白いよ」
そうなのか、アタシがいると面白いんだな。面白いというのは、良いことなんだろう。
男は、ダイニングテーブルの上に揚げ物だらけの弁当を乗せ、
「一緒に食べようよ」
と言った。
醤油のシミがこびりついた古いダイニングテーブルの上には、古新聞や各種DMやテレビのリモコンや昨日食べたアイスクリームカップの蓋なんかが乗っている。隅に寄せると、ほんの少し空間ができた。
そうか、一緒に食べるんだね。そうだよね、一緒に暮らしているんだもの。
男はアタシに割り箸をくれた。そして弁当の蓋を開けた。ふたつぶん。ふたりぶん。男のお弁当の蓋と、アタシのお弁当の蓋を。
それから、小さなビニールの袋に入ったソースを取りだして器用に隅を切り取り、中のエビフライにソースをかけた。これも、男のお弁当のとアタシのお弁当の。ふたつぶん。ふたりぶん。

男はいつも地味なスーツに地味なネクタイをしてサムソナイトの鞄を持って、朝に出かけて行き、夜に食料を持って帰ってくる。アタシはただこの部屋にいるだけ。
男に促されれば、いつ磨いたかわからない歯で弁当を食べ、脱がされれば男と裸になり寝て、連れていかれれば風呂場で体を洗われる。ただ、流される。なんという心地よさか。

何も考えない。ただスナフキンのようにふらりとここに来たアタシ。ムーミンママのパンケーキより、男の買ってくる弁当のほうがおいしいように思った。ただ、アタシの横で咀嚼する男。このままいつまでもこの生活が続けばいい。明日の事も昨日のことも考えない、ただ、今だけのこの瞬間に生きて、それで終わり。

ああでも、思うようにはいかないもので、アタシはそうだ、生理になってしまったのだった。今朝。股から流れる血液を生理用品で抑えなければとなったのだ。アタシは替えのパンツも持っていなくて、いつもは男のボクサーパンツを借りて履いたりしていたのだが、男のボクサーパンツに女の生理用品をくっつけるのは大変そうで、これはもう何とかしなければならないと思った。だから、コンビニに行って、必要なものを買おうと決めた。アタシは、男が朝の髭剃りをしているうちに、こっそりと財布から金を抜いた。薄い財布には3万2000円くらいが入っていて、アタシはそのうちの3万円を抜いた。男は気が付いたのか気が付かないのか、わからないままいつものように出かけ、アタシはいつものように残された。股にティッシュをはさんだ状態で、アタシは鍵もかけずに男の部屋を出て、コンビニを探し、女物の生理用パンツと生理用品を買った。1680円だったから、金は余った。これをどうしようかと思った。

男と暮らして初めて迷ったことで、不快だった。何かを決断しなければならないのは不快だ。気分が悪い。男の部屋に戻って、買ってきたものを使って、残りのお金を見た時、軽い財布に驚く男の様子を想像し、同時に、何かが起こるかもしれない予感に気味が悪い自分が可哀そう思った。

そして今、男はアタシを見て笑っている。財布に入っているお金が、少なくなっていることに、気が付かなかったんだろうか。わからない。もしかしたら、アタシがお金を抜いたこと、あれは夢?アタシの股のナプキン。それも夢?アタシがオンナだということ、それも夢?

男が笑うのでアタシも笑って、弁当を食べたら、しみじみ、アタシはこの男を好きだと思った。たるんだ胸に生える胸毛を思って、好きだと思った。人を好きになることは、絶対絶命につながると思って、アタシはあせった。




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これを絶体絶命と言う

ジリジリ凍りつくアタシと歌ったアイドル歌手は誰だったか、どうしても思い出せない。どうしても思い出せないのはなぜか。思い出したいのか。歌って踊って喝采を浴びる歌手。一挙手一投足を覗かれてあれこれ思案される。それは誰か。それはジリジリと凍りついているのか。
私は違うのか。何と違うのか。

私は一人、男の住まいにいて、それは古い3LDKで、男は仕事に出ていて、誰からものぞかれず、更には、壁にかかる室温計は28度を指し、とても私を凍らせるとは思えない。見られないことは私を自由にし、同時に弛緩させる。時間も、時間に伴う食事も、食事に伴う排泄も、排泄に伴うリズム感も、何もかも忘れて、忘れるからこそ、わしづかみに自分を感じられる。ほかの何物からも拘束されない自分を。

ただ、同居する男は、昼間勤務するサラリーマンらしく、朝出かけて、夜帰ってくるから、気配は感じる。いや、気配だけの時もあれば、そびえたつこともある。私が彼を眠らずに認知するときもあるということ。一緒に食事をしたり、一緒に会話したり、一緒に風呂に入るときもある。
いることを気が付いたり気が付かなかったりする。それだけのこと。

この部屋には大きな窓がある。小さなベランダに続くそれは、大きな空を映す。高台に建つこのマンションは、視界を遮るものがなにもない。ええ、たまたまね。
男が置いていったマイルドセブンを一本指にはさみ、100円ライターで火を点ける。青い白い、その空のような煙が、部屋と私の肺を汚すと、くらくらと眩暈がした。

私は今、どんな格好をしているのだろうか。髪はひどく乱れていないだろうか。鏡を見たのはいつのことだったろうか。そもそも鏡なんて、この3LDKにはあるのだろうか。3LDKにある貧相な家具類、そうたとえば、安物のタンスやダイニングテーブル、冷蔵庫やレンジ、そんな物体たちのミテクレと、私の恰好、どっちがどうで、だからどうだというのか。
吸い込んでは吐き、吸い込んでは吐き、規則的にかつ速度早く、すると、あっという間に、フィルター近くまでに煙草は短くなって、私はそこにあるアルミの灰皿にもみ消した。
また眠ろうと思ったが、散々眠ってばかりいるので、眠れないようにも思える。試してみようかと思ったけれど、腹が減っていることに気が付いて、やめた。
薄汚れた畳と大きな押入が陣取る6畳の和室のすぐ隣にある台所は、何年もの間に厚くなった油汚れのタイル壁のシンクがあり、大きな音を立てる冷蔵庫があり、実用本位なデパートの景品だらけの食器棚があり、4人がけのテーブルがある。

遠慮なく冷蔵庫を開けると、腐った牛乳の匂いがした。そこの下のホウレンソウは、溶けている。食べたら、どうなるだろう。マヨネーズとチューブのワサビはあるが、マヨネーズとワサビだけを吸い込むのは、不味そうだ。やってみるのはやめる。シンク脇に放置された花柄の炊飯器でご飯を炊いたら、さぞ良い匂いがするだろう。ただ、米がなければご飯は炊けない。コメを探す。コメ、コメ、ああ、あるわけがない。あきらめて、また、マイルドセブン。そしてそれは、最後の一本。これを絶対絶命と言う。



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