醜さを誇る鬼のように走れ 2015年09月
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これを絶体絶命と言う、の、その4

男の部屋にあったサンダルはアタシの心を乱した。貧相で小さな安物。古びて汚れたサンダル。男の大きな足は到底包みそうもないそれは男とかつて暮らした女のものと容易に想像できた。サンダルに収まっていた足の持ち主の女はサンダルと同じように貧相で小さくて古びて汚れていたのだろうか。今アタシはサンダルを見つめ、昨日食べたまろんプリンの容器をもしさかさまに倒し、中身を床に落としてそしてそれを踏んでしまったら、どう思うか、サンダルを見ながら考えてみる。もし、そうしたら、美味しい、マロン プリンは食べられなく、なるのよ。
日曜日の朝、男はだらしなく眠る。朝の陽ざしに髭が美しいのを覗く。アタシが愛しているのは、この男では無くて、この男がアタシに与える安寧ではなかったのか。安寧だけが取り柄の関係なら、サンダルなど、取るに足らないことではないのか。アタシが求める安寧はサンダルに操作されるものだったのか。安寧の甘さには毒が潜んでいたのか。その毒が今、アタシを苦しめているのか。それともサンダルの女と自分が、両方とも毒だから、同じだから、苦しいのか。
安寧を形作る、男との完璧な夜は、きっとサンダルの女の、おかげなのだろう。
過去がどうだからどうだと言うのだろう。そんなことはどうでもいいのだろう。今、ここに男が眠る。それでいいのだろう。
いや、いいのだろうか。
サンダルの女に、男は、何をどうされたのだろう。そして男はサンダルの女に何をしたのだろう。
アタシはたまらなくなって、部屋のタンスや引き出しを探りだした。自分を笑いながら。大きな声で笑いながら。下品な声で笑いながら。男の衣類や鞄、くだらない取扱い説明書やDM、不味くて高いピザのチラシ、あさってひるがえし、女を探す。そこに女の痕跡を探す。愛された女の顔を探す。知りたくてたまらない。どんな女?髪の長さはどれくらい?身長と体重は?靴のサイズは?おっぱいの大きさは?足首とウエストはどんなふうにしまってて、どんなふうに緩んでいるの?どんな化粧品を使っていて、どんなパンツを履いているの?そして?どんなふうに抱き合ったの?
そして、床に男の財布をみつける。ああ、アタシが3万円抜いた財布。そうだ、財布。何かがみつかりそうに思い、確かめてみると、中には安易なポイントカードばかりで、さらに見ると、中には、札はなくて、じゃり銭ばかりで。
ああ、アタシが3万円抜いたから、そしてその後、お弁当屋さんでお弁当を買って、コンビニで煙草とまろんプリンを買ったから、もう、小銭しかないのだな。ないのだな。
優雅に眠る男の幼稚な顔を見て、アタシは完全にやられてしまった。それは、アタシの焦りだけから来るものかもしれない、アタシの羞恥心だけから来るものかもしれない、または虚栄心?多分それらの全て。
アタシは、この男を独占したくなっている。それは悪。どうしても出来もしないことだから。誰かが誰かを独占するなんて、出来ることなの?でも、過去も未来も、この男のすべてを知り、支配したいの。独占したいの。
安寧と引き換えのこの毒。愛すべきは毒。毒に飲まれてどうしたらいいか、アタシは絶対絶命で、解毒剤のような顔の男を見つめてみる。



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これを絶体絶命と言う、の、その3

「明日、俺、仕事休みなんだよ」
唐突に男が言う。
「だから何?」
無愛想に答えたアタシの顔を、男はにやりと覗き込んで
「どっか、出かけない?」
アタシは驚いて、問う。
「出かけたいの?」
「うん。出かけたい」
「どこへ行きたいの?」
「君の行きたいところ」
「アタシはどこにも行きたくないけれど」
「そっか、じゃあ、いいや」
諦めの良い男だ。あきらめが良いと、何故だか罪悪感が湧いてくる。これは結構なストレスで、男の顔を、ついしげしげと睨みつけてしまう。すると、男はアタシにキスをした。この人は、では明日、ずっとこの3LDKのアパートにいて、何をするわけでもなく、アタシの顔色ばかりうかがって、時折、アタシの足の指をなでたり、頭を抱きしめたり、キスしたり、するのだろうか。そうだ、この男はそうやって、全てを受け入れる性質がある。掃除もせず、言われなければ風呂にも入らず、トイレットペーパーが無くなっても替りをセットせず、ただ飼い猫のように丸く眠り、気まぐれで起きて、意味不明な鳴き声を出すアタシを受け入れる。
「俺、煙草が吸いたいよ」
男はよく煙草を吸っている。アタシもよく吸っている。白くて青い煙は狭い部屋を舞い、互いの顔を遮断し、それはまるで、雲の上にいるようで、アタシと男は顔を前後左右に動かして、ふふふと笑う。でも今、ここに煙草は無いな。
「あ、切れてるよ」
アタシが無表情に言うと、男は
「コンビニで今買ってくるよ。他に何かいるものある?」
「アタシ、アタシね、テレビのCMでやってた、まろんプリンが食べたいよ」
「え?俺、それ何だかわかんないよ。そんなんやってたっけ?」
「秋だけ限定のだよ。198円だよ」
「間違って買ってくると悪いから、一緒に行ってよ」
「え!いやだ」
アタシは、昼間に生理用品を買いに行った際に見た、店員の不審な目を思い出していた。
「散歩しよう」
その言葉はアタシのすべてを崩した。散歩ってなに?散歩というのは、必ず戻ることを前提にしたお出かけだ。そう、必ず、戻るということ。
アタシは、静かに、泣いた。涙は目じりの皺をつたって床に落ち、鼻水が唇に届いて、口の中に入った。男は驚いて
「ごめん、何か悪いこと言った?」
と言ったけれど、すぐに少し微笑んで、アタシの背中をなで、そのままにしておいてくれた。こんなふうに、アタシの機嫌で男を翻弄し、アタシはなにに復讐しているのだろうかと思う。復讐すべきは愛する男ではないのに。復讐?泣いたのは復讐?違うよ、嬉しかっただけ。
「アタシ、コンビニに行くよ。でもちょっと待って。着替えるよ。顔も洗うよ」
「うん」
「あ、でも、着替えがないよ」
「うん」
「何か貸してよ」
「じゃあ、Tシャツと短パン、適当に選んでよ」
アタシは、まるで結婚式の衣装を選ぶように慎重に選んだ。男の数少ない衣類。粗末な衣類。何度も着られ、男の匂いが染みついた衣類。それはアタシには少し大きくて、アタシの自尊心を形良く整えてくれた。
着替えて、粗末なカビだらけの玄関ドアを開けると、大粒の雨が降っていて、男は傘を取り出して広げ、アタシと一緒に使うつもりか、アタシを引き寄せた。二人で一つの傘に入った。比喩が浮かばないほどのこの安堵感に実は悲愴な毒が含まれている気がして、でも、それを自分は望むような気がして、そして大雨で、サンダル履きのアタシの足は濡れ、そうだ、この女物のサンダルは、アタシがここに居ついたときにはもうあったと気が付き、ああやっぱりと思うと、もう、コンビニのまろんプリンだけを考えている。アタシはきっと絶体絶命の瀬戸際にいる。まだ。




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