醜さを誇る鬼のように走れ 醜さを誇る鬼のように走れ
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醜さを誇る鬼のように走れ

住宅街に一件ぽつりとある蕎麦屋に座る私と母と妹。

蕎麦屋は古い。

一度も洗濯したことがないのかと思われるような色あせた暖簾、入り口の土間は湿った埃、黒く擦り切れた畳、幾人もの客の尻を乗せ続けて潰れた座布団、天井に数か所ある電燈はところどころ点かない。
暗い。臭う。
見える厨房の青いゴミバケツ。腐った食べ物。
年老いた女店主の口紅だけがなまめかしく紅く、差し色として光る。

母は鴨蕎麦を頼んだ。アタシと妹はたぬき蕎麦を頼んだ。
口紅は注文を聞くと奥に下がっていった。

母が口を開く。
「がんばってきちんと生活しなくちゃならん。子供たちは元気か。S男さんは元気か。ちゃんと食わせているか」
母は私に質問した。

私は23年前にS男と結婚し、実家を出て、実家のある山形市の近隣にある仙台市で夫と娘二人とともに普通に暮らしている。
もう、人生の折り返し地点を過ぎただろうか。

一方、母は、もうすっかり年老いた老婆だが、彼女は彼女が中年の頃に、博打打の夫、つまりは私や妹の父と離婚して、引き取った実子である私や妹を滅茶苦茶にいじめながら自由に暮らしてきた。

きちんと生活とは何を指しているのだろう。

私は、母に食事を与えられなかった幼い自分と妹を思い出した。あれは、きちんとしていると言えるのだろうか。一般家庭で多く食べられているおかずを全く知らず、青春時代、どんなに恥ずかしい思いをしたことか。

肉じゃがって何の事?

今日は、妹と一緒に米沢の美術館へ遊びに行こうということになって、妹や母の住む山形市まで仙山線に乗って来た。
話を聞きつけた母が、母の姉、つまりは私と妹の伯母の具合が悪いから見舞いに行けと言うので、伯母がもう長くないとかなんとか言うので、仕方なく伯母の家まで顔を見に来たんだ。伯母の家も山形市にある。

当然のように伯母の家にやってきた母。やがて、見舞いの帰り道、こんな蕎麦屋に一緒に入るなんて。胸糞が悪い。
眩暈だ眩暈。

アタシが黙ると、妹が
「A男ももうすぐ大学生だ~お金がかかって困るけど何とかしなくちゃね~」
などと言って時間を稼いでくれた。

A男は妹の一人息子だ。妹の最初の結婚でできた子。妹はA男を連れ子として二度目の結婚をした。再婚相手T男は、妹の実家の近くに家を建てた。妹の実家とは私の実家で、今は母だけが一人で住んでいる家。
母はとても喜んで、孫のA男をかわいがっていると聞く。そしてT男は母のことをよく面倒をみてくれているようだ。雪が降れば雪かき。病院の送り迎え、買い物。雑用。

「早いもんだね。A男が大学生だなんて」
当たり障りのない返答をする私に、母が身を乗り出してきた。

「それで相談なんだげどよ、アタシも終い支度をする年になったがらよ、いろいろ考えてよ、アタシの老後の面倒はT男一家に頼んでよ、アタシが死んだらあの家をT男一家に譲ることに約束してよ、あかりはY子から幾らか現金をもらって、喧嘩しないようにしなくちゃなんねえ」

あかり・・・私の名前、憶えてんだ。ふ~ん。
Y子・・・・・妹の名前、憶えてんだ。ふ~ん。

母は、私や妹を呼ぶとき、どっちがどういう名前だかを気にしなかった。適当に呼んで、自分の名前じゃないからと返事をしないと怒鳴った。どっちだって同じだろ。関係ない。屁理屈を言うな。何様のつもりだ。金返せ。そもそも、お前には本当に迷惑しているんだ。

個人として一人に一つある名前という持ち物を、母は私たちには否定した。


「あかりはY子から幾らか現金をもらって、喧嘩しないようにしなくちゃなんねえ」

喧嘩?私はY子とほとんど喧嘩らしい喧嘩をしてことがない。喧嘩していたのは、お前とお前の元夫や、お前とお前のたくさんいた彼氏の方だろう。

現金?そうですか、ああそうですか。要するに、老後の面倒を家屋敷の相続と引き換えに妹夫婦にみてもらおうと言うことだね。私は、妹からお金をもらって、相続放棄しろということだね。

勘違いしている。この女は。

あの家を、自分のものだと思っているのが勘違いなんだよ。

あの家はあんたがあんたの夫だった男、つまりは私と妹の実父、と離婚する際に、同居していた家を売った金で買ったんだろう。
同居していた家は、あんたの夫だった男の家の、先祖代々の土地に建っていた。
その駅前の土地は高く売れて、金を分けて離婚し、あんたは今の家を買ったんだろうが。

元はと言えば、今の家の購入資金は先祖代々の土地を売った金でできている。
先祖代々の土地は私と妹にも権利があって、あんたにだけ帰属するわけではない。
あんただけにどうこういう資格があるわけじゃない。
あんたが死んだあと、アタシと妹で相談する話だ。
あんたの介護とは別の話。
勝手に気分の悪いストーリーをつくるな。

T男一家から金をもらえって、そんなこと、アタシがY子の再婚相手に言えるかよ。連れ子をつれた妹と結婚して、妹の実家近くに家を建て、わがままなあんたみたいなのの面倒をみてくれる優しい妹の再婚相手に、金くれなんて、言えないわよ。あんたらしいよ。そういう、人の気持ちがわからないところ。

私が妹の再婚相手T男に金を要求して、もしT男が気分悪く感じたら、T男と妹に微妙な亀裂が生じるかもしれない。妹の幸せのためにそれは避けたい。妹がやっとつかんだ新しい家庭を幸せなものにと私は願っている。妹とは今まで仲良くやってきた。過酷な運命に一緒に立ち向かった仲だ。一生、うまくやっていきたい。あんたなんかのために、台無しにしたくない。

何でY子から金を出させようとするんだよ。金を出すべきはお前だろうが。
私に相続放棄させたいならお前が出すべきだろうが。

お前は、家屋敷を譲るんだからと大きな顔でY子とT男に介護してもらおうという腹だろう。

今更ながら、あんたには愛想が尽きた。
相続放棄ね。
立ち向かってやろうじゃないの。

もう私はあんたに怒鳴られて泣いているだけの子供じゃない。
負けない。

食事を満足に与えられずいつも飢えていたこと、町内のお祭りに友達と出かけても私だけ夜店の駄菓子を買うお金がなかったこと、学校の上履きを買ってもらえなかったこと、成長期で足が大きくなっても大きいサイズの長靴を買ってもらえなくて指が痛かったこと、高校の制服はやっとを買ってもらったがあの怒声、私の名前で奨学金を借りて母がつかったこと、修学旅行に行くなと言われ積立金をもらえず本当に行けなくなりそうだったこと、お前を育てるのにかかった経費を返せといつも言われていたこと、経費には食べる着るだけじゃない、部屋代も含まれると言われたこと、母の生活は派手で、皮のスーツを着たり着物をつくったり毛皮のコートを着ていたこと、普請が好きで家具を買うと合わせて家を改築していたこと、

私は絶対に忘れない。

母は喋り続けている。私と妹は黙っている。胸が苦しい。体は震えた。
口紅がたぬき蕎麦と鴨蕎麦を持ってきた。
母の戯言を無視して食べるたぬき蕎麦は、ぬるくて味が薄くて麺はのびていた。不味い。非常に不味い。こんなに不味いものを客に供す口紅。でもきっと、飢えていた子供時代の私なら喜んだのだろう。

もう飢えていない今の私は、たぬき蕎麦を不味いと思い、母に立ち向かっていける。
それは喜びだろうか。

喜びではない。
苦しみだろう。
でも、立ち向かえ。

今の私は醜い鬼のような顔をしているだろう。でもそれを誇りに思う。
力の限り走ってみせる。



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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

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失礼致しました。

Re: ブログを拝見しました


 つねさんさん

 コメントありがとうございます。

 お誘いありがとうございます。
 ホームページ拝見しました。
 楽しそうですが、私は今は、ネットという形でしか考えていません。
 続けて書いていけるかもわからない状態ですし。
 
 せっかくコメントいただいたのに、すみません。
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